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ADHDな日々

ADHDの管理人が日々考えてる好き勝手なことを書いてます。典型的文系なのに、理系の話題が多いです。

テストステロン多過ぎ!多くの子供や子孫を残した男たちBEST6

チンギス・ハーン(子孫1600万人)

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英レイセスター大学のマーク・ジョブリング教授らの遺伝学研究チームが「Nature」で発表した論文によると、現在のアジア人男性の約4割が、チンギス・ハーンを含む11人の「偉大な父」のいずれかの血を受け継いでいるという。実際の人口に照らし合わせると約8億3,000万人のアジア人男性がこの11人のいずれかの血を継いでいることになる。この11人の筆頭に挙げられるのが、他ならぬチンギス・ハーンだ。12~13世紀にかけてユーラシア大陸に巨大なモンゴル帝国を築きあげたチンギス・ハーンだが、一説では生涯で産ませた子供の数は百人を超えているともいわれ、その直系の子孫は統計上は今も1,600万人存在しているらしい。

 

グウィリム大征服者(子孫700万人)

アメリカのジョン・ホプキンズ大学によって17か国4000人に及ぶ遺伝子の調査が行われた結果、推定700万人の人々がある特有な遺伝子を持っていることが確認される。その共通の遺伝子を持った人々の祖先をたどると、ある人物に突き当たった。その男は9世紀ごろにイギリスのウェールズ地方に住んでいた貴族、グウィリム大征服者。セクシーで筋肉質だったグウィリムは、女性なら誰でもOK!と見境いなく毎晩のように女性を部屋に連れ込んでいた。史上NO.1のナンパ師だったわけだ。

 

ムーレイ・イスマイル(子供888人)

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アラウィー朝モロッコの第2スルターン。1672年に26歳で国王に就任してから死去するまで、統治期間は55年で、その間、モロッコ王国は最盛期を迎えた。また世界一の子だくさんとしてギネスブックにも掲載され、888人の子供がいたといわれている。

 

ソブーザ2世(子供600人)

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アフリカ南部の国・スワジランドの前国王ソブーザ2世(1899年~1982年)。なんと100人もの妻をもち、その子供は600人近かったという。スワジランドは世界で最貧国のひとつだが、ソブーサ2世は世界屈指のお金持ちだった。正常不安定なアフリカにおいて約61年近い長期政権を維持した。

 

ラムセス2世(子供200人)

エジプト新王国第19王朝のファラオ(在位AD1290~AD1224年)。何人もの王妃や側室との間に111人の息子と69人の娘を儲け、娘の中には父親であるラムセス2世と親子婚を行った者もいたと伝えられる。しかし大半は養子だったという説もあり。

 

司馬炎(子供30人以上)

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265年、魏の国王から地位を強制的に譲り受けて晋を建国し、初代皇帝・武帝となる。280年には呉を滅ぼして三国時代を終わらせ天下を統一。子供は男子だけで26人、女子は分かっているだけで4人だが、後宮には1万人以上いたらしく、実際はもっと多かったと思われる。名君と言われたが、呉を滅ぼして以降は女にうつつを抜かし、政治を荒廃させた。

 

徳川家斉(子供55人)

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歴代将軍の中でズバ抜けてトップの子だくさんが徳川11代将軍・家斉。側室はなんと40人!その中の16人に28人の男の子と27人の女の子を産ませた。その女好き振りは、あの質素倹約の寛政の改革を推し勧めた老中の松平定信から「回数が多過ぎては体に良くない」と注意されるほど。常にオットセイのペニスを粉末にしたものを飲んでいて「オットセイ将軍」といわれた。そのうち成人したのは20人で、全国の大名に養子に出すにあたり、その持参金で幕府の財政が圧迫したとのこと。

 

【番外】重田光時(子供16人)

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16人の子供をタイ女性に代理出産させたことで一躍有名になった重田光時氏。父親はIT企業大手「光通信」の創業者・重田康光氏で、光時氏は光通信の株式68万株(1.44%)を保有する大金持ちだ。光時氏は「毎年10~15人の子供が欲しい」「100~1000人の子供をもうける計画だ」と話し、さらに代理母を紹介するよう頼んでいた。代理出産してくれた女性には約100万円近くを払っていた。

 

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